2020年4月24日金曜日

4/24 瞑想指導のメモ

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#瞑想あるある 宗教や瞑想を難しく感じるワナの1つ。 思考がおとなしくなり、 言葉から解放されることにより、 心地良く楽になる。 なのに、 「感じろ」と言われたら、 その言葉に縛られて、 また言葉の螺旋階段で、 クルクルと体験さがしの苦しみが始まり、 訳が分からなくなる。 まずは、 思考とは 「頭の中の言語化である」 と理解しておく。 ことごとく言葉さがしである。 意識して止めなければ、 納得するまで探し続ける! このしつこさが、 ええ加減にしとかないと、 「悩み」「不安」の種になる。 自分の思いたい方へ、 思考をかたむけ、 言葉を探してくる。 人は悲しみたいから悲しむ。 悩みたいから悩む。とも言える。 土台からひっくり返さないと、 治すのに時間がかかるので、 軽い不安症の方には坐禅は超オススメ。 深い不安症の方は更に不安になることがあるので、必ず熟達した指導者のもとでするべき。 その言葉をさがす行いを いったん休んで頂くために… 「何も考えないでください」 と瞑想指導時は導いていく。 「感じなさい。感じなさい。」 と連呼する瞑想指導者は、 あんまり坐りこんだことのない、 未熟な方だと思います。 ご自身が難しいということに酔っているか、 そもそも何も分かって無いから平気。 というレベルだと思う。 言葉から離れる 思考を手放す には勇気がいる。 だから、 坐禅は回数、慣れが必要。 さあ、そこからだ。 言葉なき世界で少しでも安住できたら それでよし。 それが強い心のスタンス、 「心構え」として日常で活きてくる。 #高野山 #真言宗 #西室院

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