お寺は『場』。では、どういう『場』、なのでしょう?②
「同じ方向を向いて坐る」には
「気持ちも同じ方向に向いている」と思えて
「同じ気持ちでいられる」という安心感が生まれる。
お寺の行事で感じる同じ方向とは、
1、ご法事や、ご先祖供養の法要
「ご先祖さま」
2、阿字観 坐禅瞑想
「阿字観ご本尊」
3、護摩祈祷
「御本尊・不動明王」
そこから、
1、「ご先祖さまを大切に思う」
2、「心の平和を願う」
3、「不動明王さまを信じ、祈る」
同じ気持ちを共有し、同坐する参拝者に安心が生まれます。
「あなたも私が尊いと感じているものを、
大切に思っていらっしゃるんですね」
信仰心の共有は
最も高貴で清浄なコミュニケーションであります。
安心や、励まし、癒し、、、心にとても響きます。
さらに
私がもっと大切で尊く思うのは、
今、挙げた向いている方向や、共有する気持ちよりも、
向いている主体は何でしょう?
ということです。
次稿では
視点を180度ひっくり返して、
何が向き合っているのか?
その向き合っている主体、
自分、、、について考えてみたいと思います。
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